「頑張って早く大人になるから、ぜってぇ待っててくれってばよ」
「ああ、待ってるよ」

ナルトは俺の誕生日になると毎年小さな花束を手に、同じ台詞を言いに来る。
清楚な白いデイジーの花束に、水色のリボンを結んで。
きっと大人になってスッゲェ忍になったところを見せたいのだろう。
それはナルトがアカデミーを卒業した頃から続いていて、自来也様と修行の旅に出ていた時も途切れることはなかった。
綱手様を経由して渡された巻物からは、さすがに生花は無理だったのか押し花にされたデイジーが飛び出してきた。

「あいつがこんな小洒落たことをするとはなぁ、イルカ?」
「あの悪戯小僧にしては凄い進歩ですね。こういうことも、いずれは誰か可愛い子にするようになるんでしょうね」

微笑みながらそう返すと、綱手様の綺麗に整えられた眉がぴんと跳ね上がり、何故かため息をつかれたが。
それよりも自分の言ったことで胸のどこかがちくりと痛んだ気がして、首を傾げながらベストの上から胸をさすった。



そして数年後。
全てを終わらせ、全てが始まった歴史に残る日の後。
片腕を失い友を連れ帰ったナルトはしばらく入院していたが、見舞いに行くと思ってたより元気そうで俺たちを安心させてくれた。
退院してから数日経ったある日、ナルトが今まで見たことのない顔をして俺の部屋にやってきた。

――あぁ、この子は、こんなにも大人になってしまった。

かつてない程の試練を乗り越えたナルトは、とうとう俺の庇護から羽ばたき、こんな顔ができるような大人になって帰ってきた。
彼の成長を喜ぶべき時、真っ先に胸をよぎったのはそんな思いだった。
だが無事に帰ってきたナルトとようやくちゃんと向かい合えるのが嬉しくて、そんな思いもすぐに吹っ飛んだ。

「おかえり、ナルト。よく、……よく頑張ったな」

万感の思いをこめて言うと、ナルトがニカリと笑う。

「うん、俺、めちゃくちゃ頑張ったってばよ」
「そうだな。本当にお前って奴は凄いな!」

ふわふわとしたひよこみたいなナルトの髪を掻き混ぜる手は、もうずいぶんと高く持ち上げなければ届かなかった。
ナルトは少し俯いて「へへっ」とはにかんだが、不意に真面目な顔を上げる。

「なぁイルカ先生、俺ってば大人になったよな」

それは質問ではなく、確認だった。
ナルトのあまりにも真剣な顔に、とりあえず中に入れよと言いそびれたまま少し考える。
確認なのに答えを求めている複雑な問い掛けに、もしかしたら何かの後押しが欲しいのかと、俺は大きく頷いて見せる。

「もちろんだ。お前はもう子供じゃない。立派な大人の、木ノ葉の忍だ」

するとナルトはやけに澄んだ青い目で、俺をひたりと見つめた。

「それならさ、イルカ先生は俺のこと、待っててくれた……?」

なんて馬鹿なことを聞くんだろう。
あの隠れ島で足止めをせずにお前を行かせてから、俺がどれだけ心配してたと思ってるんだ。

「当たり前だろ! ずっとずっと待ってたに決まってるじゃないか!」

ナルトの顔が不意に歪む。
と、ナルトが突然飛び付いてきて、俺をぎゅうぎゅうと抱きしめると持ち上げて左右に揺らす。
そして玄関先で高らかに叫んだ。

「やったってばよ! やっとイルカ先生が俺のもんだ!」

…………は?
なんで俺がお前を待ってるとお前の物になるんだ?
どういうことだと聞こうとした口は、むにゅっとした何かで塞がれた。
キスされたと気付いたのは、ぐしゃぐしゃに泣き崩れたナルトの顔を間近で見た時だった。

「ホントに長かったってばよ……イルカ先生大好きだ!」
「ま……待て待て待てどういうことだってばよ⁉」

全く人の話を聞かずに俺を持ち上げたまま、泣きじゃくりながらくるくる回ってるナルトを落ち着かせたいのは山々だったが、俺も負けずに混乱状態だった。
ようやくナルトが俺を回すのをやめてくれた頃には、アパートの隣もその隣も下の階からも同期や同僚の顔がずらりと覗いていた。
みんな一様にニヤニヤ笑いを貼り付けて。

「やったなナルト!」
「長かったな~、おめでとさん!」

なんだなんだ、これはどういうことだってばよ⁉
すっかりナルトの口調が移ってキョロキョロと見回していると、ナルトが腰のポーチから例の花束を差し出した。

「まだ誕生日じゃねぇけど、これ」
「あ、え? あー、うん」

訳が分からないまま、つい習慣でいつもの花束をいつも通り受け取ってしまった。

「イルカ先生、俺と結婚してください!」

ギャラリーからヒュウーと口笛やら歓声やらが上がったが、俺はそれどころじゃない。
ぽかんと口を開けた俺を、ナルトが不安げに見つめている。
――大丈夫だ。俺がちゃんとお前を見てるからな。
反射的に浮かんだ思いで、やっと気付いた。
この花束を貰う権利を誰にも渡したくないと思っていることに。
ナルトが大人になっても、ずっと見守っていたいと思っていることに。
誰よりも。
一番近くで。

この過剰な独占欲が愛じゃないなら、何だというのか。

一斉に溢れた気持ちは言葉にならずとも、長年俺を見ていた、そういう愛で見つめ続けてくれていたナルトには伝わったみたいで。
うおんうおん泣きじゃくりながらまた抱き付いてきたので、今度はしっかりと抱きしめ返した。
白いデイジーの花束を、ナルトの長い長い想いを潰さないように。



後日、リハビリから帰ってきたナルトと一緒に夕飯を作りながら、あの花束の意味をようやく知ることができた。
あれはナルトなりのプロポーズ予約のつもりだったらしい。
先生、全っっっ然分からなかったぞ。
だが確かにあの花束のおかげで、自分の誕生日のことはナルトとセットで考えるようになってたから、ある意味予約としては成功してたと言えるかもしれない。

「ほらイルカ先生、何でもかんでも強火で炒めちゃダメだって言ってんだろ?」
「ん? だって弱火だと火が通った感じがしなくないか?」
「そういう問題じゃないんだってば~」

白い花束を差し出していた少年は、いつの間にか俺に料理の仕方を教える側に、俺と肩を並べるようになっていたのだ。
屈んで花束を受け取ることはもうない。
だが、それでも変わらず無邪気な笑顔を向け、俺だけをその青い瞳に写してくれるお前がいる。
今更ながら調べた白いデイジーの花言葉を思い出しながら、俺はつい微笑んでしまった。

「なんだよ先生、そんなニヤニヤして。俺に注意されるのが嬉しいのか?」
「ん~? まぁ、そうだな。散々悪戯してた奴が先生に料理を教えるなんて、あの頃の俺に言ったら爆笑されそうだと思ってな」
「ちぇ~、言ってろよ。イルカ先生は料理の腕も昔から変わんねーもんな」
「あっ、コイツ、言ったな?」

ナルトが昔のようにべぇーっと舌を出す。
いろんな経験をしても、ナルトの根っこの部分は変わらないままだ。
ズルさもしたたかさも強さも弱さも全て持ち合わせながら、驚くほど純真な、無邪気なまま。
お前が毎年俺にくれてたのは、その無邪気で一途な思いだったんだな。
結局プロポーズは保留にしてしまったが、いずれ、いつかは応えることになるだろう。
白いデイジーと共に俺の中に溢れんばかりに積み重なり、満たし続けてくれていたお前の愛に。



【完】

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自分の誕生日にナルイルおねだりする勇気がなくて、ナルイル絵を書いたら、如月さんがめっちゃ素敵なお話を書いて下さいました…!
もう私もくるくるしたい…ていうか脳内でくるくるしてる…二人の思いが通じ合うって尊いですね…!
如月さん、素敵なプレゼントを本当にありがとうございました!!